折り紙作品の分類についての提案
見立て論を越えて

羽鳥 公士郎

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2008年8月17日に日本折紙学会主催折紙探偵団コンベンションで行った講義です。

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「見立て論を越えて」という副題をつけましたが、折り紙とは何かという問題を考える上で、西川誠司さんが提唱した「折り紙とは見立てである」という考え方を避けて通ることはできません。

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では、あらためて、見立てとは何でしょうか。辞書を引いてみましょう。

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折り紙の場合は、こういうことになるでしょう。紙を折ると、何か形ができます。 この形を、何かになぞらえることで、作品が成立します。左は「鶴」に、右は「小鳥」になぞらえるわけです。

画像出典:
Church of the Larger Fellowship Connections
右 『折るこころ』(たつの市立龍野歴史文化資料館

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こうして実物の写真と並べてみると、折り紙とその題材とは必ずしも同じ形ではありません。左の折り紙を、折り紙をまったく知らない人にみせて、これは何かとたずねても、「鶴」という答えが返ってくるとはあまり考えられません。それでも、これは鶴だといわれると、なるほどそのように見える。これがつまり「他のものになぞらえる」ということです。(ちなみに、右の写真はヨーロッパコマドリです。ヨーロッパで小鳥といえばこれだそうです。)

画像出典:
釧路湿原から発信、道東の春、夏、秋、冬
十勝日誌2004年

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そういうわけで、折り紙にとって見立てというのは重要な概念であり、1950年代以前、あるいはもっといえば1980年代以前の折り紙というのは、ほとんどが見立てで成り立っていました。しかし、ここ半世紀ないし四半世紀のあいだに、折り紙の作品は急速に多様化し、見立てには収まらない作品が現れてきました。

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近年の折り紙は、2つの方向で見立てからはみ出しています。1つの方向は、題材と同じ形をしているので見立てる必要がないもの。これはつまり具象的な作品です。もう1つの方向は、具体的な形をもった題材がないもの、何にも見立てないもので、これは抽象的な作品ということになります。

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例を挙げましょう。これは両方ともロバート・ラングさんの作品です。上は Scorpion varileg という作品ですが、サソリの形をしているので、サソリに見立てる必要なくサソリに見えます。下は Molecular Tessellation という作品で、三角形を内心の定理で折ったものを敷き詰めたものです。特に何かの形を表しているわけではありません。

画像出典:
Scorpion varileg, opus 379
Molecular Tessellation

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このように、従来は見立てが中心だったところに、一方に具象、一方に抽象という新しい作品が生まれてきたわけですが、これらの関係を少し考えてみましょう。

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こう考えると、具象から抽象までを、見立てを中心とする直線と考えることができます。そこで、さまざまな折り紙作品を、この直線上に並べてゆくことができるでしょう。つまりこれは、折り紙作品を分類するための軸の1つとなります。

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見立てからはみ出す折り紙が現れてきたのはここ半世紀ないし四半世紀だといいました。具象作品についていえば、創作技術が発達したことで初めて具象的な作品がつくれるようになったといえますが、では抽象作品についてはどうでしょうか。

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実は、抽象折り紙は決して新しいものではありません。ここに示したのは、フレーベルの「美の形式」折り紙の、ほんの数例です。レイヤ・トレスさんが折ったものです。日本では、この中の1つの形だけを「勲章」とか「菊」とかといって折っていますが、本来は何かに見立てるものではなく、子供にさまざまな模様を創作させて創造性や感性を養うために考えられたものです。

画像出典:
WonderFold Squares 1

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同じ抽象作品でも、こんな作品があります。これは、ジャン=クロード・コレイアさんの Bitume 2 という作品です。Bitume というのはフランス語でアスファルトの意味で、紙にアスファルトが塗ってあるのでこのような題名になっています。これも、何かの形を表しているのではありません。

画像出典:
Jean-Claude Correia: L'art en pli

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この2つの作品を並べてみると、同じ抽象といってもだいぶ違うと感じられます。フレーベルの折り紙は折ることによって形を作ることに主眼を置いているのに対し、コレイアの折り紙は素材としての紙を見せることに主眼があります。「折り紙」の「折り」を重視するのか「紙」を重視するのかの違いといってよいでしょう。

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そこで、「具象−抽象」という軸とは別に、「折り−紙」という軸を設定することができます。これをもう少し考えてみると、次のようになるでしょう。

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「折り」の側では、折るという行為は幾何学的な変形だととらえることができます。一方、「紙」の側では、折るという行為は素材との対話です。これをキャッチフレーズ的に、「折り」は数学的折り紙、「紙」は芸術的折り紙ということもできるでしょう。

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さて、以上のように、「具象−抽象」、「折り−紙」という2つの軸を考えますと、それを直交させて、平面を作ることができます。そして、さまざまな折り紙作品を、この平面上に並べてゆくことができます。これは、折り紙作品を批評するさい、折り紙界全体の見取り図として役立つでしょう。また、新しい折り紙作品を創作する上での道標ともなるでしょう。

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最後に、蛇足ですが、私の独断と偏見により、さまざまな折り紙作家をこの平面にプロットしてみました。それぞれの作家がさまざまな作品をつくっていますので、この平面上では各作家にそれぞれの広がりをもたせて書く必要があるのですが、図が煩雑になってしまうので省略しています。